第三章 第2節:造化定(造化定)の地観

造化定(造化定)地観(地觀)の自生的近代性

西洋の質料的(質料的)地観

天観が天外天である超越天を強調するか、あるいは天地に区分された内在天を強調するかの如何によって、地観(地觀)もまた異なってくる。超越天の立場からは、地(地)は天地に区分された天地をすべて包含する表現となり、天地を陰陽の内在天とみなさない西洋の実体本位の存在論的宇宙観においては、天地、とりわけ地(土地)は形相が実現される質料的な存在となる。

西洋の質料的な地観は、天外天である超越天をイデアとみなすか、唯一神とみなすか、あるいは唯物論的理性とみなすかによって異なってきた。天外天である超越天を唯物論的理性とみなす今日の質料的な西洋の地観は、原子論的世界観となった。

万物がもはやそれ以上分割できない原子と分子から成るという近代の原子論的世界観が登場するまでは、マテオ・リッチ(Matteo Ricci)の場合に見られるように、西洋もまた地水火風の存在論的な相関的思惟を行っていた。알폰소 바뇨니 지음, 이종란 옮김, 『공제격치(空際格致)』, 파주: 한길사, 2012. ただし、西洋の地水火風という相関的世界観が東洋の陰陽五行の相関的思惟と異なる点は、マテオ・リッチのようなイエズス会の神父たちが述べたように、地水火風は実体から成る相関的思惟であり、陰陽五行は属性から成る相関的思惟であるという点であった。알폰소 바뇨니 지음, 이종란 옮김, 『공제격치(空際格致)』, 파주: 한길사, 2012. 原子論的世界観は、地水火風の実体論的属性を分析的方法によって極大化させた理論であった。

알폰소 바뇨니 지음, 이종란 옮김, 『공제격치(空際格致)』, 파주: 한길사, 2012.

알폰소 바뇨니 지음, 이종란 옮김, 『공제격치(空際格致)』, 파주: 한길사, 2012.

「万物の根源は水である」というタレスの世界観は、万物を「水」という実体によって説明する実体論的相関的思惟の代表的な例である。その後、エンペドクレスの四元素説が拡大し、四元素説はプラトンとアリストテレスに受容されて、以後マテオ・リッチに至るまで西洋の世界観を構成する。地水火風はプラトンのイデアの世界と、プラトンはエンペドクレスを受け入れているが、実のところ四元素説はエンペドクレスのみの主張ではなく、地中海世界の一般的な物質観であった。しかしプラトンは四元素の下に降りて、より根本的な、しかし原子ではない要素を見出し、造物主が物質-空間をどのように幾何学化しているのかを明らかにしようとする。(이정우, 『세계철학사 1: 지중해세계의 철학』, 서울: 길, 2011, pp.284-285.) アリストテレスの形相論においても適用され、四元素の中間に位置する第五元素が他の四元素の均衡をなす体系である。アリストテレスにおいて第五元素は月の上に存在するものとして、地水火風とは別個に円環運動のみを行い、地水火風は自体的に循環する……事物の変化あるいは生成は、ある形相の欠如あるいは獲得から生じるとされる……アリストテレスの地水火風もまた陰陽五行と同様に、温-湿、乾-冷を基準として四象限に配置される……손윤락, 「아리스토텔레스의 요소 이론」 『西洋古典學硏究』 31, 2008, pp,83-108,

플라톤은 엠페도클레스를 받아들이고 있거니와, 사실 4원소설은 엠페도클레스만의 주장이 아니라 지중해세계의 일반적인 물질관이었다. 그러나 플라톤은 4원소 아래로 내려가 좀 더 근본적인 그러나 원자들이 아닌 요소들을 찾아내어, 조물주가 물질-공간을 어떻게 기하학화하고 있는가를 드러내려 한다. (이정우, 『세계철학사 1: 지중해세계의 철학』, 서울: 길, 2011, pp.284-285.)

아리스토텔레스에 있어 제5원소는 달 위에 있는 존재로서 지수화풍과는 별개로 원환운동만을 하고 지수화풍은 자체 순환한다…사물의 변화 혹은 생성은 어떤 형상의 결여 혹은 획득으로부터 생긴다고 한다…아리스토텔레스의 지수화풍 또한 음양오행처럼 온-습, 건-냉을 기준으로 4사분면에 배치된다…손윤락, 「아리스토텔레스의 요소 이론」 『西洋古典學硏究』 31, 2008, pp,83-108,

地水火風をエンペドクレスが導入したとはいえ、地水火風はそれ以前にすでにヨーロッパ-インド語族の共通した世界観として伝えられてきたものであり、古代インドのバラモンの宇宙観にも地水火風は現れ、これを継承した仏教の世界観もまた地水火風から成っている。さらに地水火風は中国にも影響を及ぼし、中国の水火風三才論となることもあった。仏教の天界観が現れる『阿毘達磨倶舎論』の世界観において、世界は地水火風の輪の上に浮かぶ存在として現れ、その上に「鉄囲山」と呼ばれる「金剛山」が宇宙の中心を防衛し、その中心の上に須弥山が二十八天をなして存在している。사사키 시즈카 지음, 법장 옮김, 『과학의 불교: 아비달마 불교의 과학적 세계관』, 서울: 모과나무, 2017. この地水火風の天界観は中国道教の三才観と結合して三十六天となり、後代の大巡思想の天界観にも現れる。『전경』「교운」 2-55.

사사키 시즈카 지음, 법장 옮김, 『과학의 불교: 아비달마 불교의 과학적 세계관』, 서울: 모과나무, 2017.

『전경』「교운」 2-55.

地水火風を西洋の相関的天観・地観・人間観の理論にまで結びつけることができるのは、地水火風に内在する相関的原理のためである。インド-ヨーロッパ語族に共通して現れるもう一つの共通点は三機能体系であり、これはデュメジルが明らかにした通りである。デュメジルは、インド-ヨーロッパ神話の三機能体系がヨーロッパの天観・地観・人間観へと発展する背景は、三機能体系と地水火風が上昇と下降という同一の原理から構成されているためであることを明らかにした。김현자, 『조르주 뒤메질, 인도-유럽 신화의 비교 연구』, 서울: 민음사, 2018.

김현자, 『조르주 뒤메질, 인도-유럽 신화의 비교 연구』, 서울: 민음사, 2018.

デュメジルは、インド-ヨーロッパ語族の想像界の人類学的構造においては、天観・地観・人間観において上層部の宗教機能、中層部の軍事-政治機能、下層部の生産-美学機能が現れるとする。デュメジルは、ギリシア-ローマ神話のトロイア戦争に現れる三女神ヘラ(宗教)-アテナ(政治)-アフロディテ(生産)の三機能が、インド神話のミトラ-ヴァルナ-アリヤマン構造と同一であることを明らかにした。김현자, 『조르주 뒤메질, 인도-유럽 신화의 비교 연구』, 서울: 민음사, 2018. 三機能体系は、欲界・色界・無色界という仏教的三界とも類似した構造として現れる。

김현자, 『조르주 뒤메질, 인도-유럽 신화의 비교 연구』, 서울: 민음사, 2018.

地水火風と三機能体系は中央アジアに起源し、東西洋に広く影響を及ぼした。東アジアの天地人三才にもその影響が現れる。天地人三才を根拠とする東洋の三界、すなわち天界・地界・人界は、西洋の三機能体系と空間的区分は類似しているが、「実体」よりも「属性」を強調するという相違点がある。同じ「水(水)」「火(火)」であっても、地水火風の「水(水)」「火(火)」と陰陽五行の「水(水)」「火(火)」が異なるのは、実体と属性の差異となる。したがって、両体系を比較すると「水(水)」「火(火)」の機能は互いに逆に現れることもある。

天の外の天、すなわち超越天の形相が実現されるという意味での西洋の質料的地観は、近代物質文明の発展に寄与した。しかし、物質に偏った西洋の質料的地観は、新宇宙の神明体系を根こそぎ崩壊させ、天下をかえって殄滅之境へと導いていく契機となり、近代性の危機の出発点となった。

東洋の凝縮的(凝縮的)地観

西洋の質料的地観が、天の上の天、すなわち超越的天の属性に応じてイデア・唯一神・唯物論的形相に従う質料的地観として異なって現れたのとは異なり、東洋の凝縮的地観は、超越天と天地に区分された内在天、そして天地神明の役割に応じて三通りに異なって現れる。

まず天を超越天とみなす場合、地は天地をすべて包含し、超越天である上帝に対して、地の概念としての天地は神明として上帝の天地化育の意を役割分担して実行する存在として現れる。このとき天は同化、地は凝縮の役割を担うこととなり、地は天地の気を形体、あるいは器(器)として実現する存在となる。これを易学では乾坤と表現してきた。役割が分担されるにつれて、天の神は同化する役割、地の神は凝縮する役割を担うこととなる。しかし、その役割を担う神明が任命されるのは天において調整されるため、伝統的に天の神は天神(天神)、地の神は地示(地示)、人の場合は人鬼(人鬼)として叙述されてきた。『周礼』に初めて現れる天神・地示・人鬼の概念は、茶山丁若鏞によって詳細に整理される。( 『周禮』 「春官」, ‘大宗伯’. “大宗伯之職, 掌建邦之天神•人鬼•地示之禮, 以佐王建保 邦國.”) 丁若鏞によれば、天神とは昊天上帝、日月星辰、司中、司命、風師、雨司を指し、地示は社稷、五祀、五嶽、山林、川澤を司る神である。人鬼は先王、先公、先妣を指す。彼は祭祀の対象がたとえ三種に分かれるとはいえ、結局は天神と人鬼に帰結されると述べる。( 中庸講義補 , 「鬼神之爲德節」. “今按, 周禮大宗伯, 所祭鬼神, 厥有三品, 一曰天神,二曰地示, 三曰人鬼. 天神者, 昊天上帝, 日月星辰, 司中司命, 風師雨師是也. 地示者, 社稷五祀五嶽, 山林川澤是也. 人鬼者, 先王先公先妣之廟是也. 祭祀之秩, 雖有三品,其實天神人鬼而已...天以天神, 各司水火金木土穀山川林澤, 人主亦使人臣分掌是事.及其後世, 乃以人臣之有功者, 配於天神, 以祭社稷, 以祭五祀, 以祭山川, 則名雖地 示, 其實皆天神人鬼也.” (백민정, 「上帝와 心 개념으로 비교한 정약용과 최제우의 사유」, 『민족문화』, pp.139-149에서 재인용)

『주례』에 처음으로 나타나는 천신, 지기, 인귀의 개념은 다산 정약용에 의해 상세히 정리된다. ( 『周禮』 「春官」, ‘大宗伯’. “大宗伯之職, 掌建邦之天神•人鬼•地示之禮, 以佐王建保 邦國.”) 정약용에 따르면 天神이란 昊天上帝, 日月星辰, 司中, 司命, 風師, 雨司를 가리키며 地示는 社稷, 五祀, 五嶽, 山林, 川澤을 관장하는 신이다. 인귀는 先王, 先公, 先妣를 가리킨다. 그는 제사 대상이 비록 세 부류지만 결국 천신과 인귀로 귀결된다고 말한다.( 中庸講義補 , 「鬼神之爲德節」. “今按, 周禮大宗伯, 所祭鬼神, 厥有三品, 一曰天神,二曰地示, 三曰人鬼. 天神者, 昊天上帝, 日月星辰, 司中司命, 風師雨師是也. 地示者, 社稷五祀五嶽, 山林川澤是也. 人鬼者, 先王先公先妣之廟是也. 祭祀之秩, 雖有三品,其實天神人鬼而已...天以天神, 各司水火金木土穀山川林澤, 人主亦使人臣分掌是事.及其後世, 乃以人臣之有功者, 配於天神, 以祭社稷, 以祭五祀, 以祭山川, 則名雖地 示, 其實皆天神人鬼也.” (백민정, 「上帝와 心 개념으로 비교한 정약용과 최제우의 사유」, 『민족문화』, pp.139-149에서 재인용)

今日、天地人三才と陰陽五行は共通した理論体系を構築し、「属性」を「実体」よりも強調する。陰陽・三才・五行は天と地の関係をそれぞれ異なる観点から表現する。陰陽の場合はさらに区分されるが、西洋のように形相的な超越天と内在的な天地を包含する質料的な地の概念としての陰陽がある一方で、東洋のように内在天を強調する同化の天と凝縮の地に区分される。これに対し、三才はこの東西洋の天観をすべて統合する点がある。すなわち超越天・内在天・内在地の三つが集まって三太極三才をなす。五行は、この陰陽と三才が出会い、三才観が陰陽へ、陰陽が三才観へと拡大された概念となる。三思想の起源を遡れば、それぞれ異なる出発点から三思想が出会ったものとして現れる。地水火風と陰陽五行がどちらの側から影響を与えたのかは明確ではないが、相互関係の中で陰陽・五行・三才思想が生まれ、属性という側面において結合して現れる。우실하, 『전통 문화의 구성 원리』, 서울: 소나무, 1998, pp.161-162.

우실하, 『전통 문화의 구성 원리』, 서울: 소나무, 1998, pp.161-162.

東洋の天・地・人は、系統発生が個体発生を反復するため、天地の関係を説明する乾健坤順(乾健坤順)は、地の凝縮が天の同化を包含することになる。伝統的に東洋の坤道(坤道)は『易伝((易傳)』に詳細に現れる。

至れるかな、坤元(坤元)よ。万物は坤元に資りて生ず。これによって順に天道(天道)を承け、坤(坤)の万物を載せる厚き徳は際限なく、含み広く光り大にして、万物がことごとく亨る。「易經」,坤卦 「彖傳」:彖曰至哉坤元!萬物資生乃順承天坤厚載物 德合无疆 含弘光大 品物咸享. 윤상철, 「『易經』의 天人合一觀 연구」, 성균관대학교 박사학위논문 , 2014, pp.189-190 재인용.

「易經」,坤卦 「彖傳」:彖曰至哉坤元!萬物資生乃順承天坤厚載物 德合无疆 含弘光大 品物咸享. 윤상철, 「『易經』의 天人合一觀 연구」, 성균관대학교 박사학위논문 , 2014, pp.189-190 재인용.

上記の例文において、地は坤の作用によって天が同化した気運を凝縮する器と形体の作用として現れる。李英蘭のリミナリティ解釈という観点から見れば、これは天(1)が地(1+2)のリミナリティへと発展するものである。이영란, 『리미널리티』, 서울: 동방인쇄공사, 2020, p.231.

이영란, 『리미널리티』, 서울: 동방인쇄공사, 2020, p.231.

東アジアの伝統的な神話において天界・地界・人界の区分が現れるのは、堯舜時代の最高文明民族であった共工族からである。정재서, 『사라진 신들의 귀환』, 파주: 문학동네, 2022.; 정형진, 『천년왕국 수시아나에서 온 환웅』, 서울: 일빛, 2006.; 조철수, 『(고대 메소포타미아에 새겨진) 한국신화의 비밀』, 서울: 김영사, 2003. 遺物と記録の上では、戦国時代から現れるとされる。大巡思想に現れる地下文明神のように、東アジア最初の文明民族である共工族は神話において地下神として現れる。『전경』「교운」 1-9. 地下に文明神が現れるのは、天地を相関的に眺める相関的思惟に起因する。

정재서, 『사라진 신들의 귀환』, 파주: 문학동네, 2022.; 정형진, 『천년왕국 수시아나에서 온 환웅』, 서울: 일빛, 2006.; 조철수, 『(고대 메소포타미아에 새겨진) 한국신화의 비밀』, 서울: 김영사, 2003.

『전경』「교운」 1-9.

内在天の立場から眺める地は、超越天の立場から眺める地よりもはるかに生命と関係し、その比重が増大する。風水地理と祭祀は伝統文化のアイコンであった。生態学において地は今日、天と同じほどその重要性が強調されている。東アジアの自生的地理学とも言える風水地理学は東アジアの伝統的地観であり、これは陰陽五行においては陰陽五行の中心を意味する土の重要性として現れた。天観・地観・人間観において相関的思惟が重要であるのは、相関的思惟が相生の根拠を提示してくれるためである。地の重要性は相生的天観・地観・人間観の主要部分を占める。とりわけ、能力はより備えていたものの地位は低かった地の地位上昇、すなわち正陰正陽(正陰正陽)が、人間の解冤(解冤)、すなわち相生(相生)のためにも核心となる。東学思想の「再び開闢」と大巡思想の「三界開闢」の大きな差異もまた相生にある。大巡思想の三界開闢は相生を語り、相生のために解冤を語る。解冤は神明を通じて可能であり、相生は陰陽の地位の均衡がなされた後、解冤を通じて成し遂げられる。

東アジアの伝統的地観において地の重要性は、天地という用語によって代弁される語に現れた。代表的に天円地方は、天が円いという、地動説によって明らかにされた天動説の誤った主張を言うのではなく、「天道之謂円 地道之謂方(天道之謂圓 地道之謂方)」の略語であり、時間を表す「宙」の一次元的性格、空間を表す「宇」の二次元的性格を言うものといえる。『여씨춘추』「원도」, 국사편찬위원회, 『하늘, 시간, 땅에 대한 전통적 사색』, 서울: 두산동아, 2007. p.167에서 재인용. 周易の天は「乾」というが、この「乾く乾」は「乙(乙)」の作用をなす時間の乾いた属性を表す。

『여씨춘추』「원도」, 국사편찬위원회, 『하늘, 시간, 땅에 대한 전통적 사색』, 서울: 두산동아, 2007. p.167에서 재인용.

三天両地(三天兩地)は、天は三の原理、地は二の原理によって動くという周易の核心概念である。周易は自然を象徴する天地人を父-母-子という家族関係として理解してきており、父と母に該当する天地の属性を対比させる命題を豊富に作り出してきた。参天両地(參天兩地)、天円地方(天圓地方)、天長地久(天長地久)、天道地徳(天道地德)はすべて、父-天は三(參)-円(圓)-長(長)-道(道)を意味し、母-地(地)は両(兩)-方(方)-久(久)-徳(德)の属性を持つことを表した。天地人と精神分析学の複雑系的解釈は、エディプス・コンプレックス(Oedipus Complex)とほぼ類似しているといえる。精神分析学の複雑系的理解として、三数分化(三數分化)体系はフラクタル美学の一つとして見ることができ、三数分化体系が持つ対称性はギリシア美学の基本命題であった。

伝統思想において地は天地人との相関関係の一軸を担った。伝統思想は自生的近代性よりも神学や神話として理解されてきたが、大倧教などを通じて自生的近代性として理解しようとする動きがあった。김성환, 『우주의 정오』, 고양: 소나무, 2016.: 전병훈 지음, 이근철·조남호 옮김, 『정신철학』, 서울: 모시는사람들, 2021. 三数分化体系は、万物を天地人という三つの構成物の複雑系的拡大として見る体系である。三数分化体系は、西洋ではカントの三元体系、フロイトの父-母-子、聖父-聖子-聖神、東洋では天地人体系として、それぞれ万物の共通した内面構造として認識されてきた。心理学的観点から大巡思想を活用した相談についても研究された例がある。(박대생, 『상담에 대순사상의 적용에 관한 연구』, 대진대학교 석사학위논문, 2011) 三数分化体系は、エディプス構造が持つ対称性という観点において東西洋が共通する。三数分化体系は人文-社会-自然科学を統合的に照射する。

김성환, 『우주의 정오』, 고양: 소나무, 2016.: 전병훈 지음, 이근철·조남호 옮김, 『정신철학』, 서울: 모시는사람들, 2021.

심리학적 관점에서 대순사상을 활용한 상담에 대해서도 연구된 바 있다.(박대생, 『상담에 대순사상의 적용에 관한 연구』, 대진대학교 석사학위논문, 2011)

鄭在書は、中国の神話学はアンチ-エディプスの神話学であり、西洋の神話学とは区分されるとする。정재서 『앙띠 오이디푸스의 신화학』, 창비, 2010. キリスト教神学においても、父の役割のみならず地と人間の役割を強調する神学として天地人神学が登場している。生態神学などにおいて地と人間の役割が強調されることを既存の神学と統合しうる契機が、檀君神話と韓国固有の三数分化的世界観である天地人思想に現れる。이찬희, 「대종교(大倧敎)의 삼일(三一) 철학 연구」, 성균관대학교 일반대학원, 2020. ただし、天地人神学もまた道教的な神明観のないキリスト教神学であるため、地の神が母のような神であるという主張までは行えない。허호익, 『단군신화와 기독교(단군신화의 문화사적 해석과 천지인 신학 서설)』, 대한기독교서회, 2003. 許虎益は天地人神学に関連した神学研究者として、尹聖範 윤성범, 『효란 무엇인가: 동양윤리. 기독교윤리. 서양윤리를 비교한 孝의 연구』, 서울: 삼일서적, 1994.、金光植 김광식, 『土着化와 解釋學: 土着化神學과 對話의 神學의 만남을 위하여』, 서울: 대한기독교출판사, 2001. 、朴鍾天 박종천, 『相生의 神學』, 서울: 한국신학연구소, 1991.、柳東植 유동식, 『풍류도와 예술신학』, 서울: 한들출판사, 2006. 、李正鏞 이정용 지음, 이세형 옮김, 『易의 신학: 동양의 관점에서 본 하느님에 대한 기독교적 개념 』, 서울: 대한기독교서회, 2001.、李恩善 이은선, 『잃어버린 초월을 찾아서: 한국 유교의 종교적 성찰과 여성주의』, 서울: 모시는 사람들, 2009.、徐南同 서남동, 『민중신학의 탐구』, 서울: 동연, 2018. などを挙げる。허호익, 『천지인신학: 한국신학의 새로운 모색』, 서울: 동연, 2020, pp.53-73. 金洽榮は類似した論理によって、既存の神学を、父を強調するロゴス中心の神学、母を中心とするプラクシス神学、そして望ましい神学として第三者を強調する宇宙-キリストを強調する道-神学へと転換するよう求める。김흡영, 「도(道) 그리스도론(Christotao) 서설」, 『宗敎硏究』,54, 2009, pp.104-105. 李恩善は女性学者として、韓国的神学の特徴を黄弼昊とともに天地人の加宗(加宗)として解釈することもある。이은선, 『한국 페미니스트 신학자의 유교읽기: 神學에서 信學으로』, 서울: 모시는사람들, 2023.

정재서 『앙띠 오이디푸스의 신화학』, 창비, 2010.

이찬희, 「대종교(大倧敎)의 삼일(三一) 철학 연구」, 성균관대학교 일반대학원, 2020.

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이은선, 『한국 페미니스트 신학자의 유교읽기: 神學에서 信學으로』, 서울: 모시는사람들, 2023.

太極を創造と保存の原理としての複雑系科学的概念として理解しうる陰陽の概念は、東洋哲学を存在論的に研究してきた中国哲学者の牟宗三によって初めて提示された。彼は、西洋哲学が「実体」(實體)の観念を通じて人格神(人格神。personal God)を理解するのに対し、中国哲学では作用(作用。function)の概念を通じて天道(天道)を理解するとする。そのような作用の観点から存在を見るとき、乾元は創造性の原則であり、坤元はいわゆる保存の原則となるとする。모종삼, 『동양철학과 아리스토텔레스 原題:四因說潢講錄』, 부산: 소강, 2011. 大巡思想は太極が円に起源すると説くため、牟宗三が太極を円運動の作用として見たことと一致し、万物を複雑系的円運動として見たため、太極を複雑系の基本原理として見たといえる。円運動から対称性・非対称性・超対称性が生じるといえる。

모종삼, 『동양철학과 아리스토텔레스 原題:四因說潢講錄』, 부산: 소강, 2011.

天の外の天において形相の質料として地を眺める西洋とは異なり、超越天の天地化育の実践が凝縮される場としての東洋の地観は、西洋とは異なり地を支配と征服の対象として見ず、むしろ風水地理のように崇拝の対象とみなした。しかし、性理学が超越天を排除するにつれて、東洋の地は内在天の対(つい)としてのみ転落し、東洋の相関的思惟は固着化された。西洋の実体的思惟は相克の基調が強化される傾向があるため、両地観は近代に至って衝突することとなる。

東西洋の地観(地觀)の衝突と相克化(相克化)

地観(地觀)の衝突

地を崇拝の対象とみなしてきた東洋人にとって、地を質料として扱う西洋人は非常な衝撃として迫ってきた。相互に均衡をなしていた両勢力は、マテオ・リッチ以後、急激に西洋へと傾いた。地観に関連する東西洋の衝突は大きく二段階として現れた。第一は、マテオ・リッチの『天主実義』に現れる超越天に立脚した質料的地観がもたらす世界観的衝突であり、第二は、補儒論(補儒論)論争以後、東洋から退いた西洋が再び武器を取って現れた物質的衝突であった。

まず世界観的衝突を見れば、西洋の質料的地観に前提された存在論的世界観と、東洋の地観に内在する凝縮的地観の衝突であった。東洋の理気論は東洋思想の中ではアリストテレスの存在論に最も近い思想であったが、김경수, 『노장(老莊)의 생성론』, 서울: 문사철, 2015. マテオ・リッチの批判に崩れたのは、アリストテレスの地水火風四元素説と四原因説が当時の科学水準において神を論理的によく説明するように見えたためであった。예수회 신부의 아리스토텔레스적 세계관에 대한 대표적 설명은 『공제격치』 (한길사, 2012) 참조 当時の科学水準においては、実体を別個に認めない陰陽五行と理気論の場合、アリストテレスの理論に従えば論理的でない理論となったのである。

김경수, 『노장(老莊)의 생성론』, 서울: 문사철, 2015.

예수회 신부의 아리스토텔레스적 세계관에 대한 대표적 설명은 『공제격치』 (한길사, 2012) 참조

西洋の地水火風と比較してみるとき、陰陽五行における土と木火金水の関係は、東西洋が明確に差異を示す部分である。時間的に閉じており存在論的に開かれている東洋と、時間的に開かれており存在論的に閉じている西洋の差異といえる。(Baker, Donald L., 「Neo-Confucians Confront Theism: Korean Reaction to Matteo Ricci's Arguments for the Existence of God (韓國 儒學者의 마테오 릿치 神論에 대한 反論)」, 『東亞硏究』 (3): 1983, p.158, 김선희, 『마테오 리치와 주희, 그리고 정약용』, 서울: 심산, 2012 p.230에서 재인용) 西洋の地水火風もまた、東洋の陰陽五行の土と同じ役割を担う第五元素エーテルを持っていた。アリストテレスにおいて第五元素は月の上に存在するものとして、地水火風とは別個に円環運動のみを行い、地水火風は自体的に循環する……。(손윤락, 「아리스토텔레스의 요소 이론: 『생성소멸론』에 나타난 요소들의 생성-소멸 메커니즘을 중심으로」, 『西洋古典學硏究』 31(-): 2008, pp.84-100) ただし、西洋の第五元素は唯一神のように地水火風とは別個の存在であったが、陰陽五行の土は別個の存在でありながらも木火金水と運行をともにする内在的存在であるという点が異なっていた。邵康節の陰陽五行的神人関係は、超越的な西洋の神人関係と内在的な東洋の神人関係を同時に受容しうたため、以後再照明される。

시간적으로 닫혀있고 존재론적으로 열려있는 동양과 시간적으로 열려있고 존재론적으로 닫혀있는 서양의 차이라 할 수 있다. (Baker, Donald L., 「Neo-Confucians Confront Theism: Korean Reaction to Matteo Ricci's Arguments for the Existence of God (韓國 儒學者의 마테오 릿치 神論에 대한 反論)」, 『東亞硏究』 (3): 1983, p.158, 김선희, 『마테오 리치와 주희, 그리고 정약용』, 서울: 심산, 2012 p.230에서 재인용)

아리스토텔레스에 있어 제5원소는 달 위에 있는 존재로서 지수화풍과는 별개로 원환운동만을 하고 지수화풍은 자체 순환한다….(손윤락, 「아리스토텔레스의 요소 이론: 『생성소멸론』에 나타난 요소들의 생성-소멸 메커니즘을 중심으로」, 『西洋古典學硏究』 31(-): 2008, pp.84-100)

マテオ・リッチは陰陽五行を批判する際、地水火風と同様に、陰陽五行説はアリストテレスの四原因説によって解釈できないという点を掲げた。안종수, 「마테오 리치의 리기관(理氣觀)」, 『哲學論叢』 60(2), 2010, pp.48-52. 四原因説は、マテオ・リッチが生きた十七世紀に至るまで宇宙を説明する西洋の最も合理的な理論とみなされてきた。マテオ・リッチは当代最高水準の科学者でもあったが、김귀만, 「서양 근대문명의 태동과 대순의 문명관」, 대진대학교 석사학위논문, 2014, p.66. 陰陽五行を批判したのは原子論の立場からではなく、今日の立場から見れば陰陽五行と大きな差がないように見える地水火風理論であったのである。今日の基準から見れば、アリストテレスの地水火風理論もまた広い意味での感応理論といえる。真の実体論はボイルとドルトンの原子説以後に出現し、十七世紀の自然哲学はアリストテレスの理論と原子説が互いに競争する体制であった。(김성환, 『17세기 자연 철학: 운동학 기계론에서 동력학 기계론으로』, 서울: 그린비, 2008).

안종수, 「마테오 리치의 리기관(理氣觀)」, 『哲學論叢』 60(2), 2010, pp.48-52.

김귀만, 「서양 근대문명의 태동과 대순의 문명관」, 대진대학교 석사학위논문, 2014, p.66.

오늘날 기준에서 보면 아리스토텔레스의 지수화풍이론도 넓은 의미의 감응이론이라 할 수 있다. 진정한 실체론은 보일과 돌턴의 원자설 이후에 출현했고 17세기 자연철학은 아리스토텔레스의 이론과 원자설이 서로 경쟁하는 체제였다.(김성환, 『17세기 자연 철학: 운동학 기계론에서 동력학 기계론으로』, 서울: 그린비, 2008).

仏教以後、存在論的自然観に初めて接した当代の東洋知識人にとって、地水火風はたとえ相関的思惟であったとはいえ、世界観の崩壊に至るほどの大きな衝撃として迫ってきた。西学の東洋受容において最も大きな問題は祭祀の問題であった。西洋では典礼論争が教皇庁の立場の問題であったが、新たに現れた東洋の西学信者は命をかけて西学を信じるようになければならなかった。世界観の衝突は西学の禁止によって東洋の勝利として現れるかに見えた。

次に物質的衝突は、水雲が東学を創道する時点を前後して急速に現れる。北京条約など西洋に対する中国の敗北は、天が崩れるほどの衝撃であった。魯迅(鲁迅、1881-1936)の『阿Q正伝』によく現れるように、衝撃に陥った中国人は、西洋の支配によって人種清掃を受けるであろうという恐怖から、精神勝利のような精神分裂の境地に至った。中国は、戦国時代に周王朝の封建体制が崩れたように、いま一度天が崩壊する経験に逢着した。ソ連が月にロケットを送ると全アメリカ人がロシアの核の脅威に怯えねばならない状況と同じであった。水雲は放浪生活を通じて早くから西洋の情報を知ることができたという。『龍潭遺詞』には当時の衝突をよく描写する部分が現れる。これにより、自生的近代性は東洋において非常に切実な問題として迫ってきた。

天地関係の相克化

天観と地観の変化は、伝統的な天地関係をも変化させた。まず西洋の場合、マテオ・リッチの東洋文化紹介は、超越的天観・地観から成る西洋文明に東洋の内在的天観・地観が導入され、科学技術の急激な発展として現れる。当初、天地の属性的関係を説明するために考案された陰陽五行は、西洋へ渡って実体的関係を説明する自然科学に適用され、科学技術の発展をもたらした。西洋にはマテオ・リッチ以後、質量・元素・体積・重力・速度などアリストテレスの科学とは異なる新しい科学概念が導入され、김성환, 『17세기 자연 철학: 운동학 기계론에서 동력학 기계론으로 』, 서울: 그린비, 2008. 科学技術に迅速に適用され、社会は速い速度で資本主義化していった。

김성환, 『17세기 자연 철학: 운동학 기계론에서 동력학 기계론으로 』, 서울: 그린비, 2008.

内在天が科学技術に導入されて物質文明は発展したが、かえって西洋の場合は、第五元素と地水火風によって代表されていた天地関係が、唯一神と万物という相克関係へと転落する。続いてさらに、地水火風の相関的属性さえも消えた原子論的世界観へと、天地関係がいっそう相克化される。近代科学は客観性を名分として地水火風の属性を天観・地観・人間観から除去したが、相克の側面から見れば客観性は名分とも見ることができる。

天地関係の場合、地水火風の天地関係の相克化は、唯一神に対する天尊地卑として現れる。西洋の地水火風の概念において、天は第五元素、地は地水火風に該当する。地水火風が出現した当時は、『フィフス・エレメント』という映画にも出てきたように、第五元素は既存の地水火風を結びつける中心要素であった。この第五元素が物質と財利(財利)という理性に代替されたのである。

西洋の第五元素は東洋の「土」の概念と役割が類似しているが、西洋が異なるのは、東洋とは異なり第五元素が超越的な立体であるという点である。西洋は第五元素という概念によって立体を認めることで東洋より発展する。ただし問題は、西洋はこの第五元素が再び平面へと内在化することを結びつけられず、むしろ立体にとどまらせて固着させたという点である。第五元素がキリスト教と結合するにつれて、第五元素はかえって超越性として固着する。

西洋の場合、地水火風の相克化は粒子論として現れる。神明の地位から剥奪された地水火風は、いまや原子や分子のような部品へと転落して人間の支配下に置かれる。天と地の関係は絶地通天(絶地通天)され、もはや相互関係が断絶し、人間は支配しようとし、自然という名に変わった天地は、生態学で言われるように人間に対して自然の報復を行う存在となる。

西洋の超越天を拒否した東洋の天地関係もまた、急速に固着化される。超越天が排除された天地関係は、リミナリティの要素が脱落して固着化される。天円地方・天文地理などによって代表される東洋の古典的天地関係は윤상철, 「『易經』의 天人合一觀 연구」, 성균관대학교 박사학위논문, 2014.、天尊地卑・陽尊陰卑の天地関係へと相克化していく。

윤상철, 「『易經』의 天人合一觀 연구」, 성균관대학교 박사학위논문, 2014.

東洋の伝統的天地関係である陰陽五行の天地関係もまた、神明が地に奉安された地尊の状況にもかかわらず、抑陰尊陽と陽尊陰卑の世界観によって排除される。一陰一陽之謂道・天道地徳・天円地方という概念のように、天地関係は水平的な対応関係であったが、歴史が進行するにつれて天尊地卑の関係が公式化される。東洋にも神奉於天(神奉於天)、神奉於地(神奉於地)という概念に従って地尊の時代であることは知られていたが、地に奉安された地尊の神明は、明堂という祈福の対象へと転落する。

東洋の場合、天尊地卑という相克化が進行するのは、地水火風の場合とは反対に、土の内在化に伴う上帝概念の忘却に起因する。陰陽五行の天観・地観・人間観の場合、相克化された天地関係は土の実体化として現れる。当初、天と地を同時に意味した陰陽五行の土の概念は、相克化されるにつれて天の概念が色褪せ、地の概念へと転落する。第五元素が唯一神へと極端化された西洋とは正反対の相克化が、陰陽五行の天地関係において展開される。抱朴子に現れる土克水(土克水)のように、갈홍, 『抱朴子內篇』, 北京: 중화서국, 2011. 陰陽五行において土は五行の陰陽と同じく核心要素である。この土克水の物質化は、大巡思想に至ってようやく再活性化へと転換される。

갈홍, 『抱朴子內篇』, 北京: 중화서국, 2011.

東学思想の造化定(造化定)地観(地觀)に現れたリミナリティ

東学思想の造化定(造化定)地観(地觀)

超越天に対する東学思想の強調に伴い、地観(地觀)においても東学思想は既存の地観とは異なる地観を見せる。天を天の上の天、すなわち超越天と仮定すると、地は既存の天地、すなわち超越天の造化の対象、無為而化、気化の存在として現れる。したがって、東学思想の地観には地の意味が明確に現れず、造化・無為而化・気化などの概念が強調される。

東学思想の天観が天師問答によって始まったとすれば、東学思想の地観は天師問答以後、水雲の熟考と経験を伴いながら徐々に形成されていく。水雲の多くの経験と知識が天師問答と融合して地観として成立していくのである。

実際、東学思想の成立には西洋の近代性という西洋の影響もあったが、東洋思想の内在的発展も影響を及ぼした。東学の自生的近代性が成立するにあたり、東学思想を取り巻く外部的環境がこのようであったとすれば、内部的には中国近世に成立した鸞壇道教などの流入があった。天観のみならず地観の形成にも道教の影響が強調されて研究された例がある。

これを詳細に見れば、通神道教(通神道敎)の流入と内丹道教(內丹道敎)の流入に区分することができる。朝鮮に導入された既存の道教は、北窓鄭磏(北窓 鄭磏、1506-1549)の『龍虎秘訣(龍虎秘訣)』や権克中(權克中、1585-1659)の『周易参同契註解(周易參同契註解)』に見られるように、修練本位の内丹道教であった。しかし壬辰倭乱以後、関羽に対する信仰が導入され、中国で禁書(禁書)化された『玉枢宝経』が巫俗などに広く普及するにつれて、朝鮮でも内丹道教に対比される通神道教と鸞壇道教、すなわち呪文と符籍によって神と直接疎通する道教が広く普及する。神との疎通を強調する通神道教と、符籍に関連した名を持つ鸞壇道教は、名称は異なるが、内丹道教と比較して神を強調するという共通点がある。時期的には内丹道教が通神道教よりも先に入ってきた。内丹道教が両班に主に伝えられたとすれば、通神道教は大衆に影響を及ぼした。性理学本位の朝鮮社会において両道教の導入は多くは知られていないが、当時の知識人社会には西学に匹敵するほど影響力が大きかった。中国もまた清朝の混乱期に多くの道士が韓国へ移住したという。

新たに流入した道教は、西学に関連して朝鮮では新たな発展を見せた。当時の朝鮮は、旧韓末に朝鮮に入ってきた外国人の記録に現れるように、すべての希望を失い労働意欲が枯渇して、大部分の民衆が仕事を放棄した状態であった。韓国の代表的なカトリック遺跡地である「カトリック海美国際聖地」には、「ヤソの墓」のような一般民衆として殉教した人々の墓が多くある。当時の一般民衆は、保証さえあれば死が生よりもましな時であったため、鸞壇道教の通神道教や西学の天主信仰が一般民衆に大きな反響を与えるようになった。

長い時間をかけて蓄積されてきた性理学中心の伝統的価値体系が危機を迎え、朝鮮社会全体がアイデンティティの危機に逢着していた。朝鮮の場合、『天主実義』と西学中源論が同時に受容されるにつれてアイデンティティの論争が起こる。1798年、沔川郡守として在職中であった燕巖朴趾源(朴趾源、1737-1805)がカトリック教徒を説得して寛大に放免する事例に見られるように、当時の性理学の知識人たちは西学と東学の方法論的差異を熟知し、西学に多くの関心を抱いていた。

これにより、新たに流入した道教は西学への対応として注目を集めた。鸞壇道教の流入は、当時としては破格的な呪文と霊符という東学の儀礼を、一部の両班階層が大きな拒否感なく受容した理由をも説明してくれる。東学当時にも、一部の両班を中心に鸞壇道教に関連した修行を独自に行う団体も、後代の東学や大巡の宗団史に現れる。結局、東学は東西洋の世界観が衝突する中で、西洋近代性の弊害が露呈し危機に陥った東洋を救済する次元から提示された思想である。

東学思想成立の背景が、西洋近代性の東洋的起源と鸞壇道教の流入、西学の流行であるとすれば、相関的思惟という側面における東学思想の概念的成立は、大きく東学・無極大道・天地鬼神・上元甲の再び開闢といった順に現れる。時間的順序に従った東学の成立に関する先行研究は多く行われたが、概念的成立の順序については多くは行われておらず、東学思想の概要把握が難しい感がある。両思想を比較するにあたり、概念の歴史はとりわけ重要である。

上記の概念成立の順序を順に見れば、まず「東学」の場合、先行研究は大きく二つの立場から水雲が「東学」という用語を採択した理由を説明している。김남희, 『하늘과 인간 그리고 개벽』, 서울: 夏雨, 2022, pp.92-93. 第一は、東学を西学に対立する意として、황선희, 『동학·천도교 역사의 재조명』, 서울: 모시는사람들, 2009, pp.33-34.、第二は、東学を東西洋の学問を統合した立場として代表されるとする。박맹수, 「동학계 종교운동의 역사적 전개와 사상의 시대적 변화」, 『한국종교』 37. 2014. pp.57-59.

김남희, 『하늘과 인간 그리고 개벽』, 서울: 夏雨, 2022, pp.92-93.

황선희, 『동학·천도교 역사의 재조명』, 서울: 모시는사람들, 2009, pp.33-34.

박맹수, 「동학계 종교운동의 역사적 전개와 사상의 시대적 변화」, 『한국종교』 37. 2014. pp.57-59.

東学の地観成立の背景に道教の影響が大きかったが、実際の地観成立は、天師問答後、水雲の一年余りの苦悩の末、東学思想の展開とともに成立する。自生的近代性の確立に関連して見た東学思想の展開は、大きく四段階として現れる。第一は天師問答が消え隠寂庵で執筆する段階、第二は矢石を避ける方法のみを知らせる段階、第三は水雲の死後、東学農民革命に至る段階、第四は東学農民革命の失敗以後、天道教へと移行する段階である。

東学思想の成立は、1860年4月5日の神秘体験から隠寂庵に至るまでが東学思想の成立であったとすれば、隠寂庵以後から天道教の設立までが東学思想の展開といえる。東学歌辞は、1864年に大邱監営に至るまでの天師問答と水雲の執筆、そして遺失された資料に対する崔時亨と東学徒たちの記憶によって成立する。大巡思想においてもまた、この期間に天命と神教を水雲が受けていたという。『전경』「교운」 1-9. 水雲は庚申年9月15日、自ら天主の言葉を自得した後、天師問答を行う必要がなくなったという。이돈화, 『천도교창건사』, 서울: 경인문화사, 1970, pp15-16. (김탁, 『한국신종교를 관통하는 이념, 인간중심주의』, 서울: 민속원, 2023. pp86-87에서 재인용.) 水雲が上帝から布徳することを勧められ、「東学」を闡明し、東経大全と龍潭遺詞を執筆し始めたのもこの時からだという。結局、以後の東学は水雲の思惟が多く反映された。

『전경』「교운」 1-9.

이돈화, 『천도교창건사』, 서울: 경인문화사, 1970, pp15-16. (김탁, 『한국신종교를 관통하는 이념, 인간중심주의』, 서울: 민속원, 2023. pp86-87에서 재인용.)

『典経』においては、以後展開される水雲の東学思想理解が、初めは康節の知識、李白・杜甫の詩、蘇秦・張儀の弁舌という三つの気運が込められた立派な理解であったが、惜しくも儒教の典憲を越えられず、やむを得ず天命と神教を取り戻すという。『전경』「교운」 1-9. 実際、癸亥(1863)年10月28日、水雲は自身の生日宴で夢を見た後、水雲は矢を避ける方法のみを天師問答を通じて聞くようになった。윤석산, 『초기 동학의 역사』, 서울: 신서원, 2000, p.7 (『대순회보』 262에서 재인용) 崔時亨と別れる際、水雲は矢を避ける方法さえも知ることができなくなり、上帝の補弼が断たれたという。水雲は1863年12月20日、朝廷から派遣された宣伝官(宣傳官)鄭雲亀(鄭雲龜)によって慶州で逮捕される。実際、このとき水雲は自身の逮捕をまったく予想できなかったという。崔時亨が崔水雲に会って問答した内容を記した『道源記書』には、次のような記録がある。

『전경』「교운」 1-9.

윤석산, 『초기 동학의 역사』, 서울: 신서원, 2000, p.7 (『대순회보』 262에서 재인용)

いつしか10月28日となり、四十歳の誕辰を迎えることとなった。「先生はもともと宴を催すことを心に煩わしく思っていたが」(神師をはじめとする)弟子たちが密かに準備し、盈徳接で大きな宴を設けた。膳を受けた師は箸を取りながら「世はわたしを天皇氏というであろう」と言った。天皇氏とは文化前時代から文化時代を開いた最初の王を言う。大神師は、自身が新たな世を再び開いたという意味で天皇氏を自称したものと解釈される。膳を下げた大神師は、弟子たちに〈興比歌〉を一つひとつ講(講)じた後、数日前に見た不思議な夢の話を聞かせた。「夢に太陽の殺気が射してきて火に変わり、わたしの太腿の上に人(人)の字を長らく描いた。覚めて太腿を見ると、紫色の痕が一点残って三日もの間消えなかった。それ以後、上帝の教えがなくなった。」 윤석산, 『도원기서』, 서울: 모시는사람들, 2012, pp.50-51.

윤석산, 『도원기서』, 서울: 모시는사람들, 2012, pp.50-51.

天皇氏に対する言及は、大巡思想においては金山寺と関連して現れる。『전경』「예시」 14. 天皇氏というと言った日から天師問答が断たれたというのは、奇妙なことである。水雲はまた、東学修練を行えば三年以内に通じるという豪語をしたともいうが、こうした部分は儒教の典憲と関連する。

『전경』「예시」 14.

隠寂庵から水雲は『龍潭遺詞』と『東経大全』を記録として残し始めるが、『龍潭遺詞』と『東経大全』の随所には、水雲の記録作業が天師問答と同様に夢うつつのうちになされたものであるという。とすれば、「東学歌辞に三つの気運が明らかにされた」という『典経』の一節のように、『전경』「교법」 2-42. 『龍潭遺詞』と『東経大全』もまた天命と神教の内容が多く込められているという話になる。東学思想の研究者たちは、1860年から1864年までの東学を初期東学という。大巡思想が主張する東学思想に関連する大巡思想は、初期東学までである。

『전경』「교법」 2-42.

植民地国家の大部分の自生的思想が少数グループの思想にとどまるのに対し、東学思想は一般大衆の新宗教運動にまで展開される。東学の成立時期は、国際情勢に疎い民衆にとって危うい状況であったため、東学は寄る辺のない民衆を集めうる重要な契機となった。

東学思想は、当時最も収奪が激しかった古阜で農民運動へと発展する。当時、東学の接主は全国に分布しており、教祖伸冤運動が発生して東学の教勢が世間に知られると、弾圧の対象となることもあり、同時に活性化の契機となることもある。

東学思想の地観は、西学は「気化之神」がなく上帝を信じると批判した水雲の言及のように、水雲の継続される修行の結果として体得される。超越天の立場からは天地がすべて地に該当するように、人間の修行もまた造化・気化の領域となるため、東学思想の地観は水雲の継続される修行によって成立する。

与えられた地を地観とみなしていた東洋の地観から、修行によって検証される地観への変化は、当時としては画期的な変化であった。王のみが地の気運を受け、地に祭祀を捧げることができた儒教社会において、一般民衆が修練を通じて超越天と疎通しうるという地観は、聖と俗の境界が再編される自生的近代の端緒となる。

造化定(造化定)地観(地觀)のリミナリティ様相

西洋近代性の地観と東学思想の地観は、互いに相反する様相として現れる。西洋近代性の地観は、超越天によって動く天動説から、内在天によって動く地動説から始まる。地動説においては、超越天の意よりも内在天の作用が優先される。天が回るのではなく地が回るという地動説はコペルニクス的転回と呼ばれ、既存の価値をことごとく転倒させる変化をもたらした。東学思想は気化を天主自身が行う気化として見る点に、コペルニクス的転回があるという。理と気を厳格に区分する前提の下で論じられる理気互発の気とも、気一元論から出発したが結局は天地之性-気質之性の二元論的性論と摩擦を起こし論理的自己矛盾を露呈した張載の性論とも異なるという。(황종원,「최제우와 박은식의 유교개혁 방향, 평등관, 서구 근대문명에 대한 태도」, 『퇴계학과 유교문화』 49, 2011, pp.325-326) 過去に神の摂理に従って定められたと信じられていた価値は、ことごとく疑いを受けた。地動説は社会学的には、働く者がより重要であるという意味で、近代性の理論的基盤となった。東学思想もまた、天主によって主宰される地は、過去の天尊地卑の付随的な自然ではなく、天主と同じく祀らねばならない生命の存在として現れる。

동학사상은 기화를 천주 자신이 행하는 기화로 본다는 데 코페르니쿠스적 전회가 있다고 한다. 이와 기를 엄격히 구분하는 전제 하에서 운위되는 理氣互發의 기와도, 기일원론에서 출발했으나 결국은 천지지성-기질지성의 이원론적 성론과 마찰을 일으켜 논리적 자기모순을 드러낸 장재의 성론과도 다르다고 한다.(황종원,「최제우와 박은식의 유교개혁 방향, 평등관, 서구 근대문명에 대한 태도」, 『퇴계학과 유교문화』 49, 2011, pp.325-326)

また、東学思想においては地が超越天の作用として解釈される。超越天が新たに強調される東学思想においては、既存の東洋思想の地の概念から、超越天の造化・気化・無為而化の作用全体へと拡大される。したがって、既存の東洋思想の地観に比べて東学思想の地観には生命思想が際立つ。これにより、東学は生命思想と環境思想として後代に注目された例がある。

東学が生命思想として再照明されるにつれ、地に対する東学の強調もまた再照明される。今日の韓国の有機農法は東学思想の地中心思想に由来する。しかし、実のところ東学思想において地に対する言及は強調されない。ここで東学は初期東学までのみを言及するため、初期東学のみをみなすこととする。東学とみなすのは東学歌辞と水雲歌辞である。

天地もまた鬼神であり、鬼神もまた陰陽であることを、かくも知らなかったので、賢人君子がどうして知ろうか(『龍潭遺詞』、道徳歌)。차남희, 「최제우의 하늘님과 귀신」 『담론 201』, 11(1), 2008에서 재인용.

차남희, 「최제우의 하늘님과 귀신」 『담론 201』, 11(1), 2008에서 재인용.

上記の例文は、地に適用されれば、地が天と陰陽関係へと高められるという話である。周易の陰陽は鬼神という表現が強調されず、地の重要性を隠蔽した。「鬼神」を儒家的気化の範疇の中へ引き込んだ張載のこの言葉を味わってみれば、崔済愚もまたそれを気の伸び広がること[伸]と復帰すること[帰]として解釈した可能性が大きいことがわかる。彼は鬼神もまた性理学的な気化として理解したのである。しかし、彼の気に対する理解には、東学を創道する以前の彼の家学的基盤であった退渓学とも、さらには上で言及した張載哲学とも、大きく異なる点があるという。(황종원,「최제우와 박은식의 유교개혁 방향, 평등관, 서구 근대문명에 대한 태도」, 『퇴계학과 유교문화』 49, 2011, p.325) 実際、東学において水雲が最も先に布徳した人は地を象徴する婦人であり、女性の権利を大切にすることを東学修行の始まりとした。東学思想の上記の例文は、これまで主に伝統思想の影響として性理学の地観が表現されたものとして研究された。東学が儒教の典憲を越えられなかった点はあるが、上記の例文に現れた東学思想の地観は、「地気」と「無極大道」という概念を通じて類推してみれば、道教のような「地界(地界)」の概念が内包されている。

‘귀신’을 유가적 기화의 범주 안으로 끌어들인 장재의 이 말을 음미해 보면 최제우 역시 그것을 기의 펼쳐짐[伸]과 복귀함[歸]으로 해석했을 가능성이 크다는 것을 알 수 있다. 그는 귀신 또한 성리학적인 기화로 이해한 것이다. 그러나 그의 기에 대한 이해에는 동학을 창도하기 이전 그의 가학적 기반이었던 퇴계학과, 심지어 위에서 언급한 장재철학과도 크게 다른 점이 있다고 한다.(황종원,「최제우와 박은식의 유교개혁 방향, 평등관, 서구 근대문명에 대한 태도」, 『퇴계학과 유교문화』 49, 2011, p.325)

東学が霊符(靈符)と呪文という道教の要素を共通して内包しているという点は多く強調されたが、東学に道教の地観(地觀)もまた内包されているという点は強調されなかった。東学の地観の概念が神明を適用して地界にまで拡大されはしなかったが、地界を受容する道教の影響によって、その可能性を内包していた。「天地が鬼神である」という上記の表現は性理学にも現れる概念であるが、道教を受容している東学思想においては、性理学の概念を越えて道教の地界概念にまで拡大すると解釈されうる。

道教の地界概念は、陰陽概念の無限の拡張を内包している。陰陽概念の無限の拡張は多神体系を意味する。道教の地観は多神体系(多神體系)を内包している。しかし、同じく多神教とはいっても、ヒンドゥー教の多神体系と道教の多神体系は、陰陽原理の無限の拡張という一貫性がある点で、ヒンドゥー教の多神体系とは区分される。ヒンドゥー教の多神体系もまた、インド-ヨーロッパ伝統の三機能体系の無限の拡張として解釈される余地はある。

したがって、上記の例文「天地もまた鬼神」という表現は、東学思想の地観もまた天観のように、道教の官僚体系が内在する神明界の理を持つ、西学とは異なる地観を見せる一節である。上記の例文は、東学思想の地観が、精神が排除された唯物論的な西学の無味乾燥な地観とも異なり、理法体系に従ってのみ動く性理学的地観とも異なる新たな地観であることを見せる。

また、上記の例文に現れた東学思想の地観は、陰陽の無限の拡張という点では道教の地観と共通するが、道教の地観は天の上の天に従う原理を強調しないという点で東学思想と異なる。天の上の天を強調する東学思想の地観は、道教思想の地観に比べて地観の可変性を強調している。道教思想の地観が乾坤の原理に従う法則性を強調するとすれば、東学思想の地観は天の上の天による可変性が強調される。さらに東学思想は、侍天主と地気という概念において地もまた天主の原理に従う世界であるため、侍天主する人間に照応しうる造化論的地観であることを見せる。

地を天の上の天、すなわち上帝の命に従う総体的な神明の体系として規定した東学思想は、さらに地の中心と周辺を再設定する。東学思想は明堂の位置を韓国に比定することによって、地の中心が上帝の出現した韓国となりうることを暗示する。これは明堂として表現され、明堂は小中華と大中華の問題にまで拡大される。性理学においても明堂は中国であり、韓国は小中華であるという思想があったが、東学は韓国が明堂であることを強調する。東学の地観は、その内容が天観と同じく非常に革新的であったが、その価値が隠されており、その価値は大巡思想の地界観において明確に現れる。

東学思想の鬼神論的(鬼神論的)天地関係に現れたリミナリティ様相

天を祀るという発想を初めて提供した東学の天観は、東学思想において最も注目されてきた。東学思想の天観の特徴に関する先行研究は、大きく形式的な側面と内容的な側面に大きく分かれる。

形式的な側面において、東学思想の天観は「天地が鬼神であり、鬼神が天地である」という伝統的陰陽論に立脚した天地観として代表される。東学思想で言う天地と鬼神の同一性は、儒教で言われてきた鬼神と天地の同一性と表現は同じであるが、天地という概念の天地が超越天であるのか内在天であるのかという点で大きな差異がある。東学思想において天の概念が天外天へと拡大されるにつれ、既存の天地と鬼神の概念もまた新たに再配置される。超越天としての天地と鬼神の同一性を強調する表現は、東学思想において多様に現れる。

東学思想においては、まず既存に内在天としてのみ使用されていた鬼神という概念を、超越天に初めて適用する。

天地は知っても鬼神は知らないので、鬼神というものもわたしである。『東経大全』、「論学文」。

『東経大全』、「論学文」。

(知天地而無知鬼神, 鬼神者吾也)

上記の例文において「鬼神というものもわたしである」という意味は、陰陽の作用、すなわち天地の中の天としてのみ知られていた鬼神という用語が、実際は天の外の天、すなわち天外天の作用によるものであることを見せる。東学思想において天外天としての鬼神は、人間の心に心霊を与え、人間が苦痛に満ちた天地を脱しうる存在であるという希望を与える。この天外天としての鬼神の概念は、また天外天のみを知り内在天を知らない西学に対する批判としても使用される。

「天上(天上)に上帝(上帝)様が玉京台(玉京臺)におられると、見ているかのように言うので、陰陽理致(陰陽理致)はさておき、虚無之説(虛無之說)ではあるまいか。漢(漢)の国の巫蠱事(巫蠱事)が我が東方(我東方)に伝わってきて、家々で祀るものが、名目ごとに鬼神(鬼神)である。この知覚を見るがよい。天地もまた(天地亦是)鬼神(鬼神)であり、鬼神もまた(鬼神亦是)陰陽(陰陽)であることを、かくも知らなかったので、経伝(經傳)を調べて何になろうか。道と徳を知らなかったので、賢人君子がどうして知ろうか。」『龍潭遺詞』、「道徳歌」。

『龍潭遺詞』、「道徳歌」。

上記の例文において「見ているかのように言うので、陰陽理致(陰陽理致)はさておき、虚無之説(虛無之說)ではあるまいか」は、天外天は知るが、天地に区分された内在天に対する概念のない西学の天観は、実際に天の作用を体験する内在天の陰陽の理がなく、根拠のない希望的観測を空虚に主張することになりうるという批判である。これに対し東学思想は、内在天を重視した東洋思想の基盤の上に、東洋に不足していた天外天の天観を加えて、経典の内容を貫きうる統合的な観点を提示したと主張する。

ここで西学は、理よりも力を強調して惑世誣民した漢代の巫蠱之禍(巫蠱之禍)になぞらえて西学を比喩する。巫蠱(巫蠱)とは、呪術のために藁や木などで作った人体のような彫り物を言う。巫蠱之禍は、巫蠱(巫蠱)を利用した漢の武帝の王子継承問題への介入によって多くの人が死んだ事件を言う。結局、内在天なく超越天のみを強調する西学は、巫蠱(巫蠱)のように虚無な結果を結ぶであろうという。

人の手足が動くこと、これもまた鬼神であり

善悪間の心の用事、これもまた気運であり

語り笑うこと、これもまた造化である。『龍潭遺詞』、「道徳歌」。

『龍潭遺詞』、「道徳歌」。

上記の例文は、天外天としての鬼神が、実体が本位の日用事物にも作用する存在であることを見せて、西洋の天観をも受容する。また、鬼神の次に連結された気運・造化は、結局、鬼神と造化・気運が同じ作用であることを見せる。

侍天主と比較すると、東学の陰陽天地観は注目されなかった。東学思想の陰陽天地観は、儒教の典憲を踏襲しようとする東学思想の一部の傾向によって、儒教的鬼神観とみなされてきた。しかし、東学思想が提示する陰陽天地観は、天外天の天地観であるという点で、儒教の天地-鬼神観とは異なる概念であった。しかし、神明概念が不在の東学において陰陽-天地観は十分に説明されず、神明概念を含む大巡思想において具体的に説明される。

天の上の天という超越天への天観の変化は、天人関係と地人関係をも変化させる。変化した天人関係と地人関係を通じて、自生的近代性はいっそう際立つ。西洋近代性の嚆矢として指目したカルヴァンの救済予定説は、天人関係の変化として代表される。救済予定説は、司祭を通じた救済を、努力による救済という近代性の礎石を築いたとされ、これをヴェーバーは資本主義の起源となったプロテスタント精神とした。東学思想が提示した天地・天人関係は、過去の理気論において両班と賤民の差別があった気質之性が否定される。東学思想は、東西洋の天地・天人関係のうち長所のみを取ろうとする。

東学思想の天地関係は、鬼神論的天地関係として各所で表現されていた。天地鬼神の場合、天地鬼神は道教と西学が東学と差別化されるもう一つの要素となる。天地鬼神は、道教とは異なり東学思想において天主を意味し、西教とは異なり内在的超越をも意味する。まず超越的存在を意味する場合を見れば、「鬼神者吾也」といい、「鬼神もほかならぬ天主である」と鬼神を天主として明示する。김용휘, 「동학에 나타난 도교적 요소 재검토」 『道敎文化硏究』 24, 2006, pp.221-249. しかし、この鬼神はすぐに多様な方法で内在的超越として描写される。「わたし(天主)の心がすなわちおまえの心(吾心卽汝心)」、「天の心がすなわち人の心(天心卽人心) わが心がすなわちおまえの心である。人がどうしてこれを知ろうか。天地は知っても鬼神は知らないので、鬼神というものもわたしである。おまえは無窮無窮の道に至ったので、修めて鍛え、文を作って人を教え、法を正しくして徳を布けば、おまえをして長生し、天下に輝かせるであろう。『東経大全』、「論学文」 東經大全, 「論學文」, “吾心卽…汝心也. 人何知之, 知天地而無知鬼神, 鬼神者吾也. 及汝無窮無窮之道, 修而煉之, 制其文敎人, 正其法布德, 則令汝長生, 昭然于天下矣. (김용휘, 「동학에 나타난 도교적 요소 재검토」 『道敎文化硏究』 24, 2006, p.238에서 재인용) 「人の手と足が動くこと、それもまた鬼神である。」 『龍潭遺詞』、「道徳歌」、차선근, 「수운과 증산의 종교사상 비교연구」, 『宗敎硏究』, 2012, pp.212-213에서 재인용. などと描写される。

김용휘, 「동학에 나타난 도교적 요소 재검토」 『道敎文化硏究』 24, 2006, pp.221-249.

내 마음이 곧 네 마음이니라. 사람이 어찌 이를 알리오. 천지는 알아도 귀신은 모르니 귀신이라는 것도 나니라. 너는 무궁 무궁한 도에 이르렀으니 닦고 단련하여 글을 지어 사람을 가르치고 법을 바르게 하여 덕을 펴면 너로 하여금 장생하여 천하에 빛나게 하리라. 『동경대전」, 「논학문」 東經大全, 「論學文」, “吾心卽…汝心也. 人何知之, 知天地而無知鬼神, 鬼神者吾也. 及汝無窮無窮之道, 修而煉之, 制其文敎人, 正其法布德, 則令汝長生, 昭然于天下矣. (김용휘, 「동학에 나타난 도교적 요소 재검토」 『道敎文化硏究』 24, 2006, p.238에서 재인용)

『용담유사』, 『도덕가」, 차선근, 「수운과 증산의 종교사상 비교연구」, 『宗敎硏究』, 2012, pp.212-213에서 재인용.

伝統的に東洋において天は、朱子(朱子、朱熹、1130-1200)が天(天)と鬼神(鬼神)、上帝(上帝)の原理的同一性を簡明に整理したという。「現れた姿を指して天(天)といい、主宰(主宰)する側面を指して帝(帝、上帝)といい、作用する側面を指して鬼神(鬼神)という。」 『朱子語類』 68권, 9조목. “以形體謂之天, 以主宰謂之帝, 以功用謂之鬼神.”(백민정, 「上帝와 心 개념으로 비교한 정약용과 최제우의 사유」, 『민족문화』, p.149) 東学思想が出現する前、性理学の理法天においても上帝観の端緒が見えたという。안유경, 「조선 중ㆍ후기 종교적 천관(天觀)의 전개양상: 퇴계, 다산, 수운, 증산을 중심으로」 『대순사상논총』36, 2020.

『朱子語類』 68권, 9조목. “以形體謂之天, 以主宰謂之帝, 以功用謂之鬼神.”(백민정, 「上帝와 心 개념으로 비교한 정약용과 최제우의 사유」, 『민족문화』, p.149)

안유경, 「조선 중ㆍ후기 종교적 천관(天觀)의 전개양상: 퇴계, 다산, 수운, 증산을 중심으로」 『대순사상논총』36, 2020.

東学思想に現れた鬼神としての天地は、伝統的な性理学に現れた朱子の鬼神とは異なり、陰陽という意味のほかに天主の意味が含まれた。東学思想の鬼神には、人格神と理法神の意味が同時に現れる。

東学思想に現れた天主という意味が含まれた鬼神としての天地概念は、天尊地卑の天地関係にリミナリティの反構造的属性を提供する。侍天主を通じて変化した天人関係と地人関係に続いて、侍天主は天地関係をも造化を通じて変化させる。天地によって代表される万物万事が地気へと統合される。

鬼神論的天地関係は、天道地徳という天尊地卑の天地関係を、陰陽五行の伝統的な平等な天地関係へと再活性化させる。これにより、水雲は最も先に布徳の対象として婦人を択び、性理学的な夫婦関係では見られなかった正陰正陽の夫婦関係を通じて、東学思想の調和された天地関係を実践する。東学信徒は、水雲の前例に従って、夫婦や父子など抑陰尊陽の陰陽関係から成っていた古来の人間関係を、正陰正陽の関係へと転換することを第一の修行とした。

鬼神論的天地関係は、無為而化(無爲而化)の実践として現れる。無為而化は、陰陽五行に基づく無為自然(無爲自然)と、地水火風の西洋の造化(造化)概念を同時に内包する新たな概念であった。無為而化は東学において内有神霊外有気化という意味としても解釈されたが、これは侍天主に現れた造化概念を具体化して詳述した表現である。天尊地卑の関係から見れば、神霊と気化もまた尊卑関係にある。三界の上に超越にある天主を侍天主することによって、尊卑関係が対等な陰陽関係へと変わることを、内有神霊外有気化の意味として見ることができる。無為而化はこれにより発展して、神霊と気化の内外関係として、無為自然の造化が心の中で実践された状態を東学思想においては意味する。無為自然が陰陽五行思想においては陰陽五行の造化として解釈されたが、陰陽五行が相克化するにつれて、相克化された陰陽五行を変化させるリミナリティ概念を追加するために、無為而化は東学思想において強調された。